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睡眠覚醒の謎に挑む -Special edition- Part1


睡眠は私たちにとって当たり前の行動ですが、その実態には、未だ明らかにされていない部分がたくさんあります。
今回は、睡眠研究の歴史から、睡眠科学が現在挑んでいる2大課題、「眠気とはなにか」などについて、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構・機構長の柳沢 正史先生に教えていただきました。

【睡眠研究の歴史:脳波の発見からオレキシンの発見、そして遺伝学の手法】

現代的な意味で、科学的に「睡眠」「覚醒」が扱われるようになったのは、20世紀初頭、1920年代ごろからと考えられています。
一つのきっかけは「脳波」の存在が確認されたことです。1924年(論文発表は1925年)にハンス・ベルガーという学者が発見しました。
もう一つのきっかけは、フォン・エコノモによって「嗜眠性脳炎」と呼ばれる疾患が発見されたことです。
これはインフルエンザのような感染症を患った後にずっと眠った状態になる病気で、一連の研究が、睡眠や覚醒の研究の始まりとなりました。
その後のエポックメイキングな出来事は、1950年代に入ってから「レム睡眠」「ノンレム睡眠」という現象が発見されたことです。レム睡眠の時は、目が高速に(Rapid)動いてビビッドな夢を見ると言われています。
これがRapd Eye Movement(REM)の意味です。ここからさらに睡眠科学が発展していきました。
一方、いわゆる睡眠物質と呼ばれる、プロスタグランジンの一種やアデノシンなどの脳内物質が、眠気を誘うということが研究されていました。
この領域の研究で次に出てきた大きな発展が、オレキシンの発見です。(柳沢先生グループによる発見)これは脳内に見られる、非常に重要な覚醒促進物質で、1998年から1999年にかけて発見されました。
オレキシンの発見と前後して、2000年前後に、いわゆる遺伝学的なモデル動物と呼ばれる、昆虫のショウジョウバエなども「眠る」ということが発見されました。
つまり、行動学的に睡眠を定義することができると判明しました。
このようなモデル動物を利用して、睡眠の現代的な遺伝学、本格的な分子遺伝学がスタートしました。ここから睡眠覚醒の研究は新たなフェーズを迎えます。その後、新たな神経生理学の手法が現れて、非常に詳細に脳の中の神経細胞のネットワークを機能的に解析することが出来るようになりました。


【睡眠のBig Question:2つの大きな疑問点】

睡眠については、大きく2つの疑問点があり、睡眠は神経科学の中でも最大のブラックボックスとなっています。
一つ目の疑問点は、睡眠の機能です。「どうして私たちは眠らなければならないのか」という大きな疑問があります。
脳を持ち、中枢神経系を持つ動物は全て眠ります。これはどうしてなのでしょうか。睡眠中は明らかに外界刺激に対して鈍くなるため、睡眠は多くの動物にとってリスクの高い行動です。
それでもなお、全ての動物が眠るということは、よほど睡眠が重要なことだということでしょうか。
もう一つの大きな疑問点は、睡眠がどのように制御されているのかということです。私たちは、長く起きているとだんだんと眠くなっていきます。
眠気を取るには眠るしかありません。つまり、睡眠そのものにフィードバックがかかっていて、日々の睡眠の量がほぼ一定に保たれるようになっています。
寝不足になった次の日はたくさん眠る、というのは、多くの人にとって経験のあることでしょう。このフィードバックを行う「眠気」というもののメカニズムはほとんど何も分かっていません。
これら2つの大きな疑問の解明に挑んでいるのが今の睡眠科学です。


【人はなぜ眠るのか:脳は休まない!】
私たちが「なぜ眠るのか」については、いろいろな学説・仮説があります。
一般向けによく言われるような、「睡眠は脳の休息である」という言い方は誤りです。
最も深く眠っていると考えられているノンレム睡眠中も、大脳皮質のエネルギー消費率を測定すると、日中とほとんど変わらない値が見られます。
大脳皮質の神経細胞の活動性を観察してみても、活動率は覚醒中とほとんど変わりません。つまり、脳は休んでいないのです。
また、レム睡眠中になると、むしろ大脳皮質の活動量は覚醒時より上がると言われています。睡眠は単なる休憩ではないのです。
コンピュータに例えてみると、スイッチは入れたままで、オフラインのメンテナンス作業をやっているような状態と言えるでしょう。
そのメンテナンス作業を具体的に説明するのは難しいですが、現象として分かっていることもあります。例えば、睡眠中にはいわゆる「記憶」が整理されて、より定着すると言われています。
この記憶の種類としては、エピソードとしての記憶や知識としての記憶、スキルとしての記憶などがあります。


【眠気とは:「ししおどし」で考える】
睡眠を例える時によく使われるのが「ししおどし」です。
ししおどしの筒が上を向いて水が少しずつ溜まっているのが「覚醒」の状態で、やがて水が溜まってカタンと下を向いて水が出ていくのが「睡眠」の状態です。少しずつ水が溜まっていくのが「眠気の蓄積」と言えます。
しかし、ここで例えた「水(つまり眠気)」が、実際の脳の中ではどのようなものなのかは、まだ明らかにされておらず、睡眠科学の最先端の課題です。


【眠気の現象について:2つのプロセスで覚醒を維持】

眠気という現象が1日の間にどのように変化していくのかについては、いわゆる「2プロセスモデル」と呼ばれるモデルで考えられています。
1つ目のプロセスが「恒常性制御」です。これは単純に起きている間に、睡眠欲求が溜まって、眠ると解消されるというものです。この考え方でいうと、寝起きが最も眠たくなく、日中から夜にかけて徐々に眠たくなる、となりますが、実際はそうではありません。
2つ目のプロセスが「体内時計による制御」です。体内時計的には、夜の9-10時頃が最も「眠くない」状態で、早朝4-5時頃が最も眠いと言われています。
体内時計がいかに強力かは、時差ボケで実感されますし、恒常性制御が実感されるのは徹夜明けだと考えられます。これらの2つのプロセスが重なることで、一定の覚醒度を昼間に保つことが出来ていると判明しています。