睡眠覚醒の謎に挑む -Special edition- Part2

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睡眠は私たちにとって当たり前の行動ですが、その実態には、未だ明らかにされていない部分がたくさんあります。
今回は、睡眠研究の歴史から、睡眠科学が現在挑んでいる2大課題、「眠気とはなにか」などについて、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構・機構長の柳沢 正史先生に教えていただきました。


【オレキシン発見の経緯:脳波の発見からオレキシンの発見、そして遺伝学の手法】

オレキシンが最初に報告されたのは1998年です。脳内の細胞間の情報伝達が起こる時には、「鍵と鍵穴」の関係にある分子同士がはまることで情報伝達がなされます。
その「鍵穴」分子の中には、相手となる「鍵」分子が不明な一群が当時見つかっていました。この分子群を「オーファン受容体(鍵穴分子)」と呼んでいました。
オーファン受容体に対する鍵分子として、オレキシンは発見されました。当初は、そのような情報伝達物質が脳内に存在して、何かを行っているというところまでは分かっていましたが、その生理学的な機能までは不明のままでした。最初は様々な仮説が立てられていました。
ある時、オレキシンを作れない状態のマウス(ノックアウトマウス)を遺伝子工学的に生み出して、夜間の行動を赤外線ビデオで観察しました。マウスは本来、夜行性の動物ですが、元気に活動していたマウスが急に動きを停止して、場合によってはパタっと倒れるといった発作的な現象が多数見られました。
この現象が具体的に何なのかを突き詰めていくと、「ナルコレプシー」というヒトで見られる覚醒障害をきたす病気とそっくりの病態だと判明しました。
ナルコレプシーは、覚醒が正しく維持できずに、覚醒の中にレム睡眠やノンレム睡眠がいきなり入り込んでしまうという病態です。
健常な人ではありえないようなタイミングで急に眠ってしまったり、笑ったり驚いた時に身体の力が抜けてしまうといった症状(情動脱力発作)が見られます。
情動脱力発作は、覚醒中にレム睡眠が入り込むことで起こりますが、レム睡眠中の人間は身体の力が全て抜けた状態になります。通常であれば、就寝中に起こる現象が覚醒中にいきなり起こるため、道端で倒れたりするといった発作が起こります。
柳沢研究グループでは、オレキシンノックアウトマウスによって、「オレキシンがなくなるとナルコレプシーになる」ということが分かりました。
それと時期を同じくして、スタンフォード大学の研究グループが遺伝性ナルコレプシーの犬を用いた研究によって、ナルコレプシーの原因となっている遺伝子変異を突き止めました。これが実はオレキシン受容体の一つだったのです。
その後数年以内に、ヒトのナルコレプシーでもオレキシンが欠乏した状態が判明しました。つまり、オレキシンは非常に重要な覚醒物質であるという結論に至りました。


【オレキシンの治療薬への応用:2つのルート、1つは実用化が間近に】

オレキシンを治療薬へ応用するルートは2つあります。
1つ目は、オレキシンの作用を抑制する薬で、具体的には、オレキシンの受容体(鍵穴分子)に結合して、オレキシンの結合をブロックするような薬(オレキシン拮抗薬)です。
これは実際に実用化されており、いわゆる「不眠症治療薬」となっています。
一方、ナルコレプシーの治療は、不眠症治療薬とは真逆で、オレキシンを補う必要があります。
しかし、オレキシンそのものは小さなタンパク質であるため、医薬として簡単には扱えません。
オレキシンの場合、脳の中で働かなければなりませんが、脳の手前には「血液脳関門」と呼ばれる関所があります。
これは、有害な物質や微生物が大事な中枢神経系へ侵入することを防ぐためのものです。血液脳関門があることによって、オレキシンを普通に注射するだけでは脳の中に入っていきません。 したがって、オレキシンの代わりに同じ作用をするような小さな化合物を作って投与することが必要です。これはナルコレプシーの患者さんにとって根本的な治療薬となりますが、まだ実用化されていません。
いくつかの企業や研究グループが鋭意研究中で、ある企業では臨床治験の最中です。予想されなかった毒性や副作用が出てこなければ、数年以内に実用化される見込みです。


【睡眠量を決める遺伝子:「Sleepy」と「Dreamless」】

睡眠がどのように調節されているのか、という点については、肝心なところは未だ何も解明されていません。
コンセプトとしては「ししおどし」モデル、つまりデジタルなスイッチと何かがゆっくりと蓄積される、というシステムですが、それぞれが具体的に何なのかということや、スイッチを動かすものの伝搬の仕方などは、全く分かっていません。
現在は、具体的な仮説を立てるよりも、探索研究が行われています。マウスのゲノム(DNA)にランダムに突然変異を入れるという技術があり、この技術を使って作ったマウス数千匹も作って脳波を測っていると、睡眠が異常な個体が出てきます。睡眠異常が遺伝子異常によるものであれば次世代に遺伝するため、その家系のマウスを増やして解析します。これによって、原因となる遺伝変異を捕まえることが可能となるのです。
この一連の手法を「フォーワードジェネティクス」と言い、この手法によって、柳沢研究グループでは、2つの遺伝子を発見しました。一つがノンレム睡眠の量を規定するもの、もう一つがレム睡眠の量を規定するものです。
遺伝子変異家系のマウスはそれぞれ「Sleepy」「Dreamless」と名付けられました。「Sleepy」ではノンレム睡眠が増加して寝ても眠い状態が、「Dreamless」ではレム睡眠の量が半分くらいに減っているのが見られます。
Sleepyという変異遺伝子の本質はタンパク質キナーゼで、これは特定のタンパク質の特定部位をリン酸化(リン酸を結合)する酵素です。
つまり、リン酸化酵素が情報伝達に必要な分子であり、それの変異によって睡眠の異常が見られているというメカニズムが判明したのです。
これによって、脳内のリン酸化、特にシナプス(神経と神経の接合部)にある様々なタンパク質のリン酸化が、眠気の正体ではないか、という提唱にまで至りました。